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浜八幡神社秋季例大祭(通称 ちょうさ祭り)。これが 「ちょうさ祭り」 の正式名称
です。
金木犀の甘い香りが街中に広がりだすと、「ああ!まつりの季節だな!」と思い
ます。今でも金木犀の香りとともにお祭りシーズンの到来です。そして、稲穂が実り、
頭を垂れた田んぼの畦道には、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が赤い花を咲かせています。
(と書きましたが、最近は、10月前半で見ごろを終えているようで、地球温暖化の影響
かな?などど思う今日この頃です。)


豊浜八幡神社は、和銅元年(西暦708年)に建立されと伝えられており、当時は近隣
15ヶ村で800余の末社を数えたといわれています。(今から約1300年前)


豊浜八幡神社御輿
祭神:品陀和気命(ホンダワケノミコト)、帯仲日子命(タラシナカノヒコノミコト)、
    帯比売命(タラシヒメノミコト)
      弘化二年(1845年)には姫浜、和田浜、和田地区に一体ずつ保有していた。
      現在では、八幡神社に三体とも管理している。


豊浜の人たちは、八幡神社の事を、親しみを込めて「八幡さん」と呼んでいます。八幡さんは、豊浜のほぼ中心部に位置し、その
ほとんどが中之町に位置しています。国道11号線側には、故 大平正芳首相の銅像が建立されています。

※観音寺市の琴弾八幡神社は同年代の703年建立となっています。琴弾八幡建立についての逸話があり、「大宝三年(703年)三月下旬、有明浜に奇妙な一隻の船が、神秘かつ不思議な琴の音を響きわたせて天空から海岸に着いた。そして、船から突如として現れた人物が、『われは八幡大神なり、都の天皇家を守るため宇佐からきたが、この地がよき風光の地にて去るにしのびず』と言った。それを聞いて恐れおののいた住民達は、その琴の音なる不思議な船を山上に引き上げ、神殿を造って“琴弾八幡”と称えるようになった」ということのようです。実際の所は、700年前後にこの地方に大和朝廷の支配が及んだと見るのが正しいと思われます。

豊浜のお隣の大野原町には、江戸時代にも6世紀後半から7世紀中期頃の170を越える古墳群があったと開墾時の文献に残っていることから、地方豪族が多い土地柄だったと思われます。この事から、豊浜や観音寺等の一部の地域は早くから開けており、海上交通の重要な拠点であったと推測できます。



年10月第3週末に『ちょうさ祭り』が開催されます。正式名称は、【豊浜八幡神社 秋季例大祭】。2001年までは、10月13、14、15日と日付を固定していたのですが、会社勤めの人が多くなり、休みが取り辛いという要望や、観光客誘致の関係で、週末にずらしたそうです。「時代に合わせて変化していく」これも仕方が無い事なのかも知れません。
さて、ちょうさ祭りは、3日間で構成され、初日は宵祭りと言われています。「氏参り」を行い、お祭り期間中の安全を祈願し、御祓いを受けます。2日目、3日目が本祭りと言われ、御御輿に随って、御旅所を廻ることになります。


 初日は、「氏参り」のため、全てのちょうさが、八幡
  神社に御祓いを受けに行きます。参道に順番に並
  び、前のちょうさの御祓いが終わるまで、前側の担
  棒を下げています。 いよいよ、自分達の番になると、
  前側の担棒を拝殿の軒下まで突っ込み、ゴマの後
  ろ側にスケを入れて固定 します。
  大人も子供達も拝殿に入り御祓いを受け、お祭りの
  3日間の安全を祈願します。
  ちょうさの総代が、玉串を奉げ、全員が二礼二拍一
  礼を総代と一緒に行います。
 
  御祓いが終わると、全員が拝殿を辞し、神主さんは、
  ちょうさを御祓いするため、ちょうさの目の前まで来
  られます。

 ちょうさで拝殿の周りを一周して町内へ戻ります。
  氏参りへの行きの道中は、唄は唄わず、神妙に向か
  いますが、氏参りが終了したら、やっと祭りの幕が明
  けたとばかりに、にぎやかに、そして派手やかにお祭
  りを行います。
御祓いを受けた後は、町内会を廻って
  ちょうさを御披露目します。老若男女関係なくちょうさ
  が通るところを見にきます。


りも2日目に入ると、懐かしい顔に出会います。都会へ就職していった者、結婚で他の街へ嫁いだ者、まるで同窓会のような感じです。皆、このふるさとの祭りは忘れずに帰ってくるのです。都会の人達は、祭りに帰省する事に、大変驚きます。しかし、帰省してまでも祭りに参加したいということは、このちょうさ祭りには、人を惹きつける何かがあるのだと思います。いや、実は、子供の頃から、祭りに参加して、お祭りの楽しさが身にしみているのだと思います。普通、結婚した女性まで帰ってくる祭りなんて、都会では考えられないそうです。

お昼を過ぎたあたりから、続々と八幡神社に各町内会のちょうさが集合してきます。神社下の高橋ラジオ店前から、勢い良く走って、境内へ入ってきます。それぞれのちょうさは、拝殿の周りを周回し、ちょうさを境内に止めます。全てのちょうさが境内に入った時、御旅の儀式が拝殿で厳かに始まります。神秘的なその儀式は、初めて見た人でも、何回も経験した人でも神聖さを感じます。
拝殿正面に3体の御御輿が整列しています。その御輿に、祭神が移られ、年に一度の御旅に出られます。
和田浜、姫浜、和田地区の3体の御御輿は、それぞれの地区の若衆に担がれて、八幡神社を後にして、2日間の御旅に出ます。

 終日。あっという間にお祭り3日目です。もうお祭り
  が最終日なのかと思うと、ちょっと寂しい気持ちです。
 
  和田御旅所を出発した御御輿は、一路、一の宮御旅
  所に向かいます。昔は、豊浜町役場横の龍宮さんの
  前を通り、海岸(現ユニチャーム研究所)から船神幸
  に向いましたが、現在では港町側の豊浜港から御神
  輿を漁船に載せ、この時、雲龍太鼓と港太鼓がお見
  送りします。今年は、和田浜地区の4台のちょうさが
  勢ぞろいし、御御輿をお送りしました。3台の御神輿
  は豊浜沖へ船神幸に向います。陸揚げはフジボウ側
  で姫浜のちょうさがお迎えします。

  その後、一の宮御旅所へ移動し、ちょうさの担くらべ
  が行われます。観光資源としてのちょうさ祭りの最大
  の見せ場。
  遠くは大阪等からも訪れるお祭りなんだそうです。

  そして、クライマックは、八幡神社への御入り。
  各町内会が提灯で、八幡神社の中を乱舞します。
  ぜひ、見に来てください。